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ダンディズムの祖『ボー・ブランメル』

2020/02/07 ダンディズムの祖『ボー・ブランメル』
洋服好きの中でその名を知らない方はいないだろう存在。



ダンディズムの祖であり、現代紳士服の礎となっている「ボー・ブランメル」こと、『ジョージ・ブライアン・ブランメル』(1778〜1840)。名前こそ昔から聞いたことはあったのだが、さほど興味も無くそれ以上調べる事もせず生きてきた。45歳を迎える本年になってから、『ダンディ』と言われることが増え、そもそもの源流を調べ始めた。そうして彼の人生を改めて知ることになる。(画像引用元:ja.wikipedia.org.ボー・ブランメル/



英国社会は階級社会。今でさえ傍目では民主化しているようにも見える。王室は当然だが、社会的にもその名残は根深く残っているようだ。この辺りは1993年発刊のマークス寿子さん、池田雅之さんの共著書『英国貴族と侍日本』でもその様子を垣間見ることができる。



著書が発刊された20世紀においてもこのような状態の中、彼が生きた19世紀初頭はなおのこと階級意識は強いものであった。前回の記事でも少し触れたが、フランス革命による階級社会の崩壊と、民主化による流れで貴族階級のアイデンティティは脅かされ始める。産業革命による富裕層の増化が成り上がりを生み、社会的地位を得るために社交界へ進出してき始めた頃。




貴族たちが貴族らしさを失いつつあったこの頃、明確に成り上がりとの境界線を引くことで、自分たちのアイデンティティを誇示する必要性があった。そのツールとなったのが『装い』と『振る舞い』であり、『ダンディズム』という概念である。『ダンディ』という言葉はこの当時には用いられず、彼に影響を受けたフランスの文学者たちによって、定義されていくことを申し上げておこう。



無駄のない装い〜究極のさりげなさとは

彼が社交界に登場するきっかけとなったのは、身なりと佇まいの洗練された風格。そのエレガントさは、時の摂政皇太子ジョージ4世を魅了し、彼の統率する第10騎兵連隊へ招かれることに端を発する。(この時僅か16歳とは驚き以外のなにものでもない。)



幼い頃から貴族の秘書をしていた父の交友関係の影響もあり、社交界での身なりと振る舞いの基礎を築いていったのであろう。面白いところは彼の出自。もともと貴族階級ではなく、成り上がりたちの属する上流階級出身というところである。この頃社交界に出入りするようになった富裕層よろしく、彼にもそれくらい財力があったかというと、決してそうではなかったようである。他に財力のある名門の子弟達も多い中、彼は装いの美しさと洗練さを皇太子に見初められたのである。



社交界に鳴り物入りで颯爽と登場した彼の装いは、当時の社交界には通例であった派手で豪奢なものではなく、無駄を一切省いた洗練された出で立ち。右のような風刺画のような肖像以外に、自画像や肖像画が一切残されていないため具体的な装いは不明なのだが、これまでのアビ・ア・ラ・フランセーズのようなゴテゴテしたものはなく、腰回りの装飾品や首周りのネッククロスの構築的な演出のみ。色調も抑えられているように見える。




彼の装いに掛けた時間は二時間半と言われており、晩年には多額の負債を抱え投獄されるのだが、牢獄においては3時間を身繕いに掛けていたらしい。投獄される前までは屋敷には、二人の召使いが髪型の前と後ろを手分けしていたのが、獄中においては全て自分でしなければならなくなったためとの推測があるようだ。ここで彼が装いに工夫を凝らした点を数点ご紹介したい。(画像引用元:ja.wikipedia.org.ボー・ブランメル/)



①色彩を抑える
上記にも少し触れたが、これまではフランスのマカロニ(ダンディの前身とされる)に見られる、派手な色彩と装飾品に飾られた衣服であったのが、黒と白のコントラストを基調としたスタイルを流行させたようだ。




②清潔感の演出
この頃の西欧の生活様式としては極めて珍しく、髭を丁寧にそり落とし、剃り残しを一本一本毛抜きで抜き、毎日入浴していたようである。入浴やトイレ事情には、多くの逸話が残されているが、一生歯を磨かなかった貴婦人や、体臭が7m先からでも臭いたつ国王などもいたようだし、一人では脱ぎ着できないドレスでは当然、用を足すのにも召使いの手を借りておまるに排泄しなければいけない時代。屋敷によってはトイレがなく、そのまま庭に排泄物を捨てていたりで、清潔感とは程遠い時代であったことが伺える。(オーデコロンが発達したのはそのせいもあるらしい。彼はオーデコロンは付けていない。)




③手入れ
当時のシャツはシルクやリネンで作られたシャツが一般的であったが、その洗濯方法にもこだわりを見せていたようである。都会の水は汚いと感じた彼は、田舎の清流でわざわざ洗濯させていたようである。また、靴においてもシャンパーニュでいつも綺麗に磨かれていたようだ。現代の紳士の嗜みとして、足元の手入れが基本とは言われているが、ここにその原点を見出すことも出来る。




④ボディコンシャス
彼の装いの基調となっているのは色彩だけではなく、身体のシルエットを強調する美しいフィット。現在の小学生くらいの年頃から、あらゆる生地を集めさせ、仕立屋に誂えさせていたそうである。手袋においては親指専用の仕立屋、その他の指専用の仕立屋を明確に分けていたほどの念の入れよう。現代のビスポーク文化に多大な貢献を残したのも彼あってのものだろう。現代のトラウザーズも、彼の考案によるものとされている。(18世紀までは膝丈の二—ブリーチズが主流。その後ピタピタの『パンタルーン』へ。)




⑤ネッククロス
現代のネクタイのルーツは、17世紀のクロアチア兵の巻いていた首元の布飾り『クラバット』がその原型であったことは、洋服好きであれば一度は耳にしたことがあるだろう。この時期においては『ネッククロス』へと進化し、細長い布で首元を演出するようになっている。



彼の特筆すべき点はその巻き方で、一世を風靡したことである。真っ白な布に軽く糊を利かせ、念入りに巻いていたらしい。一度で完成せずに失敗した布が、部屋いっぱいに散乱していた逸話は有名な話。



写真やファッション雑誌などが登場するのは遥か先になるが、このころから彼の巻き方を模倣した人が続出するほどの影響力があった。(画像引用元:https://www.diamondhaketie.com/)いわゆる現代のセレブリティ、ファッションリーダーの登場であった。彼無しの社交パーティは失敗であると見なされ、多くの貴族や上流階級の紳士や貴婦人たちは彼との接触をステータスとしていたようである。




ウィットに富んだ話術と傲慢性〜無関心と侮蔑

社交界で影響力を発揮していった彼の特徴は、洗練された装いともうひとつある。



『 attitude 』(態度)である。



彼が興味をもたない事物や人物は徹底的に無関心を示し、醜いと感じたものには侮蔑で一蹴する。現代ではおよそ受け入れられる行為ではないが、彼の機転の利いたウィットが笑いを引き起こし、人々を惹きつけて行くのである。時には嘲笑された本人でさえも笑い転げてしまう始末。基本的に彼のこの態度は新興成金のブルジョワ達に向けられ、その態度が貴族たちの喝采を浴びて行く。(といっても彼自身もブルジョワ階級出身であり、貴族ではないところが面白い。)




その中のエピソードでいくつか紹介してみよう。いつも社交界にいながらも、全く彼のように社交受けしないことに悩んでいたベッドフォード侯爵は、ある日彼に新調した洋服を見てもらおうとした折りのこと。



ベッドフォード侯爵:『ブランメルさん。ちょっとお願いがあるのですが。』(Mrを付けている侯爵)
ブランメル:『何だい?ベッドフォード。』(呼び捨てている)

ベッドフォード侯爵:『この新調した服についてご意見いただけますか?』
ブランメル:『そう。じゃぁ一回りしてみて。』

(いいつけ通りベッドフォード侯爵は一回りする。)

ブランメル:『おいベッドフォード。君はそんなものを服と呼ぶつもりかね。すぐ脱ぎたまえ。』



このような具合である。年端の離れた人間で、しかもベッドフォード侯爵は生粋の貴族であるにもかかわらずである。他にも社交場にいたある紳士の靴をスリッパ呼ばわりしたり、口に合わなかったシャンパーニュをサイダー呼ばわりしたり。確かに少し痛快なところはあるのかも知れない。ただ、これが行き過ぎた結果、嘲笑の対象が自分を見出してくれたジョージ4世にも向けられるようになり、賭博での多額の負債と浪費が重なり、社交界から失脚していくことになる。詳しくはご紹介する書籍にて目を通していただきたい。




高貴なる神性〜信用の獲得と異性への態度

多額の負債で英国からの亡命を余儀なくされる彼。フランスのカーンで晩年を迎える彼はとうとう牢獄行きとなる。牢獄は不潔であることはもちろん、罪を犯した囚人たちと相部屋になってしまうことは最高の屈辱。そんな中、異例の独房を与えられ、全盛期とは言えないまでも豪奢な暮らしを送りだす。彼を慕う社交界の人々の差し入れと、銀行家やブルジョワたちの支援によってそれを可能にしてしまう。(それも最後には途絶えてしまうのだが。)また英国きってのダンディがフランスにいるというのは、フランスの社交界でも話題を呼び、彼を支援する者たちが大勢押し寄せたようである。



彼の神性をより高みに引き上げるのがスキャンダラス性の皆無。男性としての野蛮性や情動性といったものが一切彼には無かった点である。社交界では当然異性にもモテた。貴婦人たちはもちろん、社交界デビューをもくろむ娘たちには、『ブランメルさんに気に入られなさい』との言いつけがそこかしこでも飛び交うほど。そんな中でありながら彼は生涯独身生活を過ごし、それまでも一切の恋人を作った試しがなかったのである。(晩年には淡い恋文のようなものも見つかっているが、恋愛関係には至っていないらしい。)



(画像引用元:https://reki.hatenablog.com/entry/190416-European-Courtesan-Legends)この時代の高級娼婦はクルチザンと呼ばれ、貴族や上流階級の紳士の妾となり、社交界でも活躍していたそうだが、彼にはそういう趣味も全くなかったそうである。同性愛のような節も全くないのであるから、凡人の私には不思議でしかない。



早くから社交界で鳴り物入りした彼も、懇意にしていた方々やジョージ4世の死に際し、支援も次第に目減りしていく中、その孤独からか精神に異常をきたす様になり、62歳でこの世を去る。栄光と没落を絵にかいたような彼の生涯から、現代人男性として何を学ぶのか。現代に生きる男性への新たな『ダンディズム』としてのヒントは何か。私なりにまとめておきたい。



彼の残した遺産から学ぶべきこと

彼の人生は一見してみると、生田耕作先生の『ダンディズム〜栄光と悲惨』の書籍の通り悲惨な最期を遂げている。何度も申し上げるがダンディズムを追求することは、「人生のなれの果ては悲惨になる故、関わるものではない」と安易に締めくくるものであってはならない。彼が階級を超えて、人生を切り拓いていったポイントと、失脚していったポイントをしっかりと学ぶべきなのではないかと感じる。


①自身の美学を追求するだけでなく、周囲をも巻き込んでいく卓越した力強さ。
②欲望や周囲の空気に流されることなく、自身に正直に崇高であり続けられる強固な精神性。
③人を惹きつけ、誰からも信頼される社交性。
④行き過ぎた自尊心に支配され、負債と孤独による結末。


もちろん時代性によるところもあるだろう。特に傲慢性が尊大になってしまった頃から、賭博や借財が増えてきていたようだ。こういった生き方や在り方は、時代は変われど普遍的なものではないだろうか。彼が先に示して下さった生き方をどう取り込んで昇華させていくのか。


最後のポイントは個人的に感じたことだが、彼はブルジョワ出身であることは先述した通り。だが、他にも貴族の子弟や彼よりも裕福なブルジョワ達はたくさんいた中、何故彼に白羽の矢がたったのかというところ。豪奢な装いが流行している中、無駄を落とした一見地味に映る装いが、何故これほどまでに支持を集めたのか。同じ土俵では資金的に勝ち目がないなどの戦略性があった故の、シンプルな装いだったのだろうか。(そういうことは考えなさそうだ。)


誰しも浮いてしまうことに少しの逡巡もあるはず。だが彼には一切それが無かったのだろう。自信に満ち溢れた彼の佇まいに、無言のオーラが出ていたのではないかと思うのだ。現代人男性に最も必要なのは『ゆるぎない自信』なのではないだろうか。彼は『ダンディズム』の祖として、隣国フランスの作家たちによって神格化されていく。近いうちに彼の銅像を直接この目で見てみようと決めている。


〜終

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